━━その後、ル・リアンが商品化していくのは、どういう流れだったんでしょうか?

児島 2018年の3月ぐらいに、ル・リアンの商品の原型完成と並行して、フェリシモの企業支援の話が同時に決まったんですよ。フェリシモは東日本大震災以降、お客様から毎月100円義援金をいただいていて、義援金の使い道として、東北の女性に絞った企業支援のとうほくIPPOプログラムということをやっているんです。

僕が東北現地の担当で、上限300万円の返済義務はないものがありますよ、という話をして、応募したいってことで、事業プランを練って進んできましたね。収支を組み立てるところもアドバイスをしながら、山路さんへの支援が決まったんです。それで、起業しますと。

業界を知らないからこそ
挑戦できることがある

画像: エンディング産業展2019に出展した際のブースの様子

エンディング産業展2019に出展した際のブースの様子

━━フェリシモさんは神戸の会社ですけど、東北に事務所ができたのは、どういう縁だったんですか?

児島 東日本大震災の時、最初は僕が個人で、2011年4月末にスコップ持って、東北にボランティアに行っていたんです。その夏には、会社で東北を応援するカタログ作り企画ができて、それに手をあげて、被災したお母さん達との物作りを最初の5年間は出張ベースでやっていました。

5年たった時に、企画は売り上げを作っていく大事な部分なので、僕らが企画していたら未来はない、僕らはノウハウを教えて、東北の皆さんが自分で企画していくべきじゃないかと。これをやるには出張ではできないと会社に進言しまして、2016年の3月に仙台に引っ越し、「Startline」というプロジェクトを立ち上げました。

その思いに最初に共感してくれたのが仙台商工会議所。仙台市とスクラムを組んで、2016年の年末に最初の合同セミナーを行いまして、山路さんはその2期生ですね。

━━その熱意があるからこそ、「命をかけて」という言葉を言える方なんだなと思いました。お二人にとって、ル・リアンが完成するまでに忘れられない出来事はありますか?

児島 商品の動画ができ上がった時と、エンディング産業展に出店した時ですね。それまでは自分達で電話営業をして、亀のような歩みでした。有名な葬儀社さんに行っても、「最近の葬儀ってドライで、故人様の残ったものは全部処分っていう人が多いですよ」って言われたり。

僕らが向き合いたいご遺族、何かに話しかけて生きてきたとか、そういう人との出会いがあまりなかったんです。そんな状況の中、エンディング産業展では、半年かけて営業していた時の何倍もの方に出会えて、可能性もグンと広がり、具体化したりしました。

山路 私は知人を介して、50人くらいの一般の方の前でプレゼンテーションをさせていただいたことがあったんですが、こういう思いを持って、こういう商品ができましたという説明をしたんですけど、奇譚のないご意見をって言ったら、もう散々で(笑)。

仏教の日本でこういう商品は受け入れられないとか、あなたが何を言っているのかさっぱりわからないとかというご意見もいただきました。日本の古くからのしきたりっていうフレーズが何度も飛び出しましたが、そこを否定するつもりは全くなくて、違う選択肢をご用意したいという思いをその場でもお伝えしました。

私は業界のことを何も知らなかったので、全く知らないからこそできることってあるような気がしているんです。

━━エンディング産業展での山路さんの熱い思いはすごく伝わってきて、この取材につながりました。では、今年5月に販売を開始して、現在の状況はいかがでしょうか?

児島 まだまだこれから、葬儀社さんや終活関連の企業さん達との連携を広げて、多くの人に知ってほしいなっていうステップですね。

━━今後はどういった展開をお考えでしょうか?

山路 今の商品は2種類ですけど、デザインを増やしていきたいですし、家族同様、大切にされているペットのお見送りの商品も開発してみたいですね。キリスト教専門の葬儀社さんからは、キリスト教ではオリーブがとても大切な存在なので興味を持ってもらえました。たくさんの人に使っていただけるよう、より手の届きやすい価格帯での商品も作っていきたいと思っています。

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フェリシモの「もっと、ずっと、きっと」

画像: フェリシモの「もっと、ずっと、きっと」

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