画像: 「父と母の役割が入れ替わる場所」あのひとの影踏み 第一話

どれだけ長い時間を共にした家族でも、知らない一面はあるもの。「あのひとの影踏み」は、大切なあのひとの思い出を知る人、想いが残る場所を訪れ、まだ見ぬ故人の一面をたぐり寄せる企画だ。
第一話は、13年前両親を癌で亡くした忍さんが、生まれ育った街と両親が好きだった寿司屋に足を運び、そこに残る二人の“影”を踏みに行く。

1人ではなにもできない父と、父を1人にできない母

忍さんの両親が亡くなったのは、今から13年前の2005年のこと。二人とも同じ年に、癌で亡くなった。

画像: 数年前から実家の近くに住んでいるものの、自宅は駅をはさんで反対側。駅から実家方面まで、こうしてのんびり歩くのは久しぶりだという

数年前から実家の近くに住んでいるものの、自宅は駅をはさんで反対側。駅から実家方面まで、こうしてのんびり歩くのは久しぶりだという

画像: 1人ではなにもできない父と、父を1人にできない母

お父さんが亡くなったのは2月、お母さんが亡くなったのは10月だが、先に余命宣告を受けたのはお母さんのほうだった。

忍さん「亡くなる前の年の8月、母が胃癌になり、余命1〜2ヶ月と言われました。そのすぐ後に父の膵臓癌が見つかり、余命3〜4ヶ月と言われたんです。母は『お父さんより長生きしなくちゃ』と言っていました。父は1人じゃなにもできない人で、自分の布団もひけない。身の回りのことは全部母がやっていたから、先に死ねないと思ったんでしょうね」

余命1〜2ヶ月と言われたお母さんは、お父さんを見送り、余命宣告から1年2ヶ月も闘病生活を続けることができた。

母に癌が見つかり、長い髪をばっさり切った父

画像1: 母に癌が見つかり、長い髪をばっさり切った父

忍さんの両親は自宅で花屋を営み、亡くなる直前まで働いていた。お父さんは毎日のように自転車に乗り、近所へ花を配達していたそうだ。
お母さんの胃癌が見つかったときのエピソードには、お父さんの覚悟と決意が表れている。

忍さん「父はオシャレな人で、髪型はロン毛の一つ結び。母が毎朝クシでとかし、髪を結んでいました。母の胃癌が見つかったとき、父は『自分じゃできないから』と言って、床屋さんで長い髪をばっさり切ってきたんです。はっきりとは言わないけど、父は母がもう長くないと思っていたんでしょうね」

画像2: 母に癌が見つかり、長い髪をばっさり切った父

忍さん「そんな折、私はワケあって次男と二人で暮らすようになったんです。すると私のことを心配した母が『おかずを届けてあげて』と言って、父が毎日、家まで届けてくれました。私も二人の息子がいる親だからわかりますけど、親って何歳になっても子どものことが心配なんですよね」

当時住んでいたのは、エレベーターのない4階建てのマンション。階段を上り、玄関まで届けてくれたお父さんが「どうしても階段を上れないから、下まで取りにきてくれ」と言うようになった。

忍さん「これはおかしいと思って、私が病院に連れていきました。検査の結果、膵臓癌が見つかったんです」

画像: お父さんが通っていた小学校。忍さんにとっても母校で、訪れるのは数十年ぶり。当時木造だった校舎は、立派な建物になっていた

お父さんが通っていた小学校。忍さんにとっても母校で、訪れるのは数十年ぶり。当時木造だった校舎は、立派な建物になっていた

どんなに忙しくても、子育てに手を抜かない母

画像: 子どものとき友達と遊んでいたという公園まで足を伸ばした

子どものとき友達と遊んでいたという公園まで足を伸ばした

忍さんにとって小さい頃の思い出は、花屋の配達を手伝っていたことばかり。お父さんとお母さんはいつ寝ているのかわからないような働き者だったので、どこかに遊びに連れていってもらった記憶はないそうだ。

画像1: どんなに忙しくても、子育てに手を抜かない母

忍さん「とにかく、お父さんと遊んだ記憶がないんですよ。そんな環境だったから、『私には父親がいない』ってつい言っちゃったんですよね。後から聞いたら、父はそれがすごいショックだったみたいで(笑)」

画像2: どんなに忙しくても、子育てに手を抜かない母

働き者だったお父さんも、本当は子どもたちと遊びたかったのかもしれない。

忍さん「父が亡くなったとき遺品を整理していたら、見たことのない古い箱がでてきました。中に入っていたのは、私と姉と弟、子どもたち3人の幼稚園のアルバムや卒業証書。そんなものを大事に保管しているなんて、母も知らなかったそうです」

画像3: どんなに忙しくても、子育てに手を抜かない母

忍さん「母もとにかく忙しかったけれど、仕事の合間に幼稚園まで私を迎えにきてくれました。でも、忙しいから『早く背中に乗りな』って無理やりおんぶされて。友達はみんな歩いて帰っているのに、自分だけおんぶされて自転車で帰っていく。当時はそれが恥ずかしかったんですよね」

画像4: どんなに忙しくても、子育てに手を抜かない母

ただ、どんなに忙しくても、お母さんは子育てに手を抜くことはなかったという。

忍さん「忙しいのに、お弁当の日はちゃんと作ってくれました。学生のとき部活をやっていたんですけど、朝5時に家をでるときも必ずお弁当が用意されている。前の日の夜も遅くまで働いていたんですよ? しかも、ご飯の上に小さい豆でABCって文字を書いてくれて。当時はそんなオシャレなお弁当を持ってくる人なんていませんでしたよ。今風に言うとキャラ弁みたいなものですね(笑)」

1人ではなにもできない父が母を見守る場所

画像1: 1人ではなにもできない父が母を見守る場所

今回、両親の影を探しにやってきたのは実家の近くにある「すし処 鮨賢」。お正月には出前を取り、親戚の集まりがあればお座敷を利用する。特に、孫が生まれてからは頻繁に連れていった行きつけのお店。

ただし、忍さんは子どもが生まれてからは夫が営んでいたお店を手伝うようになり、仕事が休めず、両親と鮨賢に来たのは数えるほどしかなかったそうだ。

画像2: 1人ではなにもできない父が母を見守る場所

鮨賢は隣町でちょうど20年営業し、現在の場所に移転してから27年。ご主人によると、忍さんの両親とは隣町で営業していた頃からの付き合いだという。

早速、ご主人に忍さんの両親の思い出を聞いた。

画像3: 1人ではなにもできない父が母を見守る場所

ご主人「あなたのお母さんはね、お正月は『子どもたちがくるから、いつものやつをお願いしますね』って、うちで一番大きな桶を8つも頼んでくれた。これにお寿司の握りをぎっしり詰めてね。とにかく太っ腹なお母さんだったよ!」

画像4: 1人ではなにもできない父が母を見守る場所

ご主人から見ても、忍さんの両親は働き者だったようだ。

ご主人「忍さんのご両親は本当に働き者。毎月1日と15日は配達で、町内250軒を回る。もちろんそれ以外にも仕事はあるし、休みなし。でも、うちに来るとお母さんはいつも気持ちよさそうにお酒を飲んでいたな(笑)」

画像5: 1人ではなにもできない父が母を見守る場所

忍さんのお母さんは大のお酒好きで、毎度日本酒をとっくりで2〜3本飲んでいたそう。おつまみは決まったものを頼むのではなく、子どもや孫たちが美味しそうにお寿司を食べる姿をニコニコ見ながらお酒を飲むのが好きだったという。

ご主人「反対に、お父さんはあまりお酒を飲むイメージがないね。お母さんが酔っ払うと連れて帰らないといけないから、自分はセーブしていたのかな?」

画像6: 1人ではなにもできない父が母を見守る場所

この話に、忍さんは「え? 父もお酒は大好きなのに……」と少し驚いた様子。

普段、1人ではなにもできず、お母さんに頼りっきりだったお父さん。でも鮨賢ではそれが逆になっていた……?

忍さん「家だとご飯の準備から片づけまで母がやっていたから、母は酔うほどはお酒を飲めませんでした。父もそれをわかっていて、鮨賢さんでは母が酔っ払ってもいいようにしていたのかもしれないですね」

だし巻き卵を食べると思い出す、母の味

「夜、仕事があるから」とお酒を飲まなかった忍さん。自分の知らないお父さんとお母さんの話を聞き気分がよくなったのか「ちょっとだけなら……」と言い、日本酒を飲みはじめた。

画像1: だし巻き卵を食べると思い出す、母の味

最後に、忍さんにとって思い入れのあるだし巻き卵を注文。だし巻き卵は家族全員が大好きで、お正月の出前にも必ず入れてもらい、取り合いになっていたのだとか。

画像2: だし巻き卵を食べると思い出す、母の味

だし巻き卵の香りだけで、懐かしい記憶がよみがえってくる。

画像3: だし巻き卵を食べると思い出す、母の味

忍さんにとって、久々のだし巻き卵。懐かしい味の中に、新しい発見があった。

忍さん「ふわふわで、ほんのり甘くて美味しい。数年ぶりに食べましたが、鮨賢さんのだし巻き卵がうちで争奪戦になる理由がわかりました。母が作るだし巻き卵の味に似ているんです。私たち兄弟も孫たちも母の作るご飯が好きだったから、今でも鮨賢さんのだし巻き卵を食べると、母のことを思い出すのかもしれませんね……」

両親をよく知る寿司屋のカウンターには、今なお二人の影がそこにあった。
両親は本当に働き者だったこと。お酒好きの母を父が見守っていたこと。母のだし巻き卵の味。
影を踏むことで、忍さんはまた新たな両親の一面を知ったようだった。

ーー忘れられない大切なあのひとの影を探す「影踏みの旅」。
あなたも出かけてみませんか。きっとそこには、故人の“喜びの記憶”が待っているはずです。

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ライター/大川竜弥
写真/黒羽政士
編集/サカイエヒタ(ヒャクマンボルト)

取材協力:すし処 鮨賢
神奈川県 横浜市保土ケ谷区 峰岡町 2-139-2
045-331-1160
営業時間:11:30~22:30
定休日:毎週火曜

Youtube「父と母の役割が入れ替わる場所」あのひとの影踏み 第一話

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「父と母の役割が入れ替わる場所」あの人の影踏み

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